癒されてゆく ~體との対話~

講座1
悲しみ、というか、怒り、というのか、
いや、そういった感情表現とも違うのだろうけれど、

「ないている」というのか。 信号を出している。
それは”細胞”かもしれないし、
”他のなにか”、かもしれないとも思う。

そこに、
誰かの安心しきった温かな手が触れる。
 

最初は警戒している。
だんだん、温かさに委ねるようになる。
いつの間にか、繋がることを、赦すようになっている。
時間がかかる、とも言えるけれど、
時はいつも、
味方をしてくれている。
本当だよ。
本当だ。
 

繋がることに、
喜びを感じていることに、
気がつくようになる。

勇気を出して、
こちらから求めてみてしまうようにすら、なる。

あちらの温かな手が、握り返すように応えてくれる。
あぁ、いいんだ、ワタシ。いいんだ。
と、涙がでる。
 

今度は安心しきったワタシで、
誰かのその温かな手に、こちらから触れる。
やはり応えてくる。
そのことが、
つまり繋がりが、当然と思うようになる。

いつしか繋がりは、
物質的な事象の枠をこえてゆく。

「なきごえ」は治まり、
互いの温かさを感じ合って、より深く繋がり、
小さな なにかが、たくさん元気になってゆく。

それは”細胞”なのか、
”他のなにか”、なのかもしれない。

 

**************

さて何の話かといえば、
お客さんのカラダとのやり取りの大事な一場面の、
わたしなりの感じ方でありました。

しかしながら施術とは、
そこへ感情を乗せるものではく、
あくまでも、たいへん淡々と行うのものなのですが。

 

それにしても、こうして綴りながら、
手をつないだり、触れあったりすることが非常に苦手だった時代のことを、
あぁ、やたらと思い出すなぁ・・なんて、
思った次第でありました。^^*

2017-06-16 | Posted in 健康コラムNo Comments » 

関連記事