うむ、うまない、うみたい、さずからない

(Facebook投稿からの転載記事です)

ネコ
子どものことで悩む声が、ここのところ続けて耳に入ってくる。
うむ、うまない、うみたい、さずからない。

うまない人と、うみたいが授からない人。

極論だけれども、同じだと思う、両者とも。
うみたくない人はうまない、授からない。
口でなんと言っていても、頭で何と考えていても、
肚の底の声はどうか。
そこに見えてくるものは、必ずあると思う。

 

もっと言うと、
これで伝わるかは分からないけれど、
「うむ人はうむ。うまない人はうまない」。
当たり前だろう、と言われてしまうかな。
いずれにせよ、肚の底を覗くと見えてくる、に尽きるんだよ。

 

「悩む」とは、それを見つめる旅なのだろうと思う。

早くどうにかしたくて、特に今はネット社会だから、
多くの人が他人の言葉に耳を傾ける。
それもいいけれど、
「悩む」時期も何もかも、ただ自分を歩んでいたらいいようにも思う。
自分がわからなくても、自分は生きている限り、必ず自分でしかないのだから、他所に見つけに行かなくてもいい。

急いで解決しなくていい。
とにもかくにも、急ぎ過ぎではないかと思うことがある。

 

だからわたしの言葉なんかも、聞き流してくれるくらいが丁度いい。
半分以上、わたしのマスターベーションなんです。
整体の現場でも、わたしは大よそそう思ってる。

 

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ツマラナイ話を続けてみる。

 

15歳半ばからの拒食、嘔吐を覚え、そして過食嘔吐を繰り返す中、
体重はそこそこ戻ったにも関わらず、
無排卵無月経で一年がすぎて、
「このままだと、将来子どもが生めないよ」と産婦人科医に言われたのは17歳を迎える春でした。

でもあの頃のわたしは、
生きていることに疲れ切っていたから、未来の存在を望んでいなくて、
「欠陥だらけの人間だなぁ」と虚しくて、哀しくて、両親に申し訳なくて、ただそれが辛かった。

 

22で最初の結婚をして、
そうだな、あの頃はまだ周りの出産話は少なくて、
でも、他人の本当にささやかな言葉に敏感でした。
身体については色々と試してきていたけれど、何も変わらず、
「子どもは早めに作るほうがいいよ」だとかよりも、
「まだ若いから大丈夫よ。」という言葉に一番、
苦しんでいた記憶があります。

 

真面目に不妊治療を続けていた数年間があったり、
その後またとても大好きな人が出来たときには、
「この人との子どもをどうか授かりますように」と、
水天宮に何度か手を合わせに行った時期もあった。
なんとも可愛らしい。(笑)
でも神さまはね、受け入れてはくれませんでした。

 

現旦那、たっくんを困らせたことも多かった。
「もっとよく考えて、(子どもを授かれる)ちゃんとした女性と一緒になったほうがいい。たっくんは子どもが好きだし、ご両親だって孫はぜったい嬉しい。」
と、交際中だった頃に言い放ったことがありました。

あの時は、彼に八つ当たりしている自分がはっきりと見えすぎて頭が痛かった。でも有り難い痛みでした。
この感情を、わたしはいつまで抱え続けようというのだろう。
どこまでも、自分の心次第なのだと教えてくれた。

 

結婚して4年目に入った現在、
知ってのとおり子どもはいません。
お蔭さまで、幸せなことに心身ともに元気です。
が、無排卵は変わりないようではあります。

けれど、悩みは悩みでなくなり、
問題は、もう問題ではなくなった。

まるで季節が廻るように、
その時が過ぎただけのようにも思う。
生きていればこその成長だと思って、
わたしはわたしを歓びたい。

 

今日も世界は、生まれくる沢山のイノチで溢れてる。
親になりたければ、
今すぐにでも、親になればいいだけのことだった。
なにも難しいことではないのだ。

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子どもをうむ、うまない、うみたい、さずからない。
個人、夫婦、親族、さまざまな人との間で、
十人十色の悩みがあります。

パートナーとの意見が合わないとき、
時間をとって、落ち着いてしっかりと話し合う必要があると思う。
互いにとって何が大切なのかを、じっくりと見極める機会になるはずです。

互いの悩みは真剣に、心と耳を傾けて、
想いを受け取り合ってゆきたい。

 

気をつけたいこと。
「ほしい」「ほしくない」の言葉のうんと奥に、
罪悪感や恐怖心が眠っていることが多いということ。

「ほしいのに・・」と悩んでいる時、
もしかすると、自分の奥底に眠る抵抗感を、
パートナーや他人の言葉を介して目の当たりにしていることが、
あるかもしれません。

 

この話に限らずですよね。
パートナーとの出逢い、結婚、それらも、
もっと全然違う悩みも。

「相手がいるだけでいいじゃない!」
「相手がいても(子が)できない方が辛いのよ!」
「つくりたくないと思うのは悪いことなの?」

どの想いも、確かにそこに在ります。
みな切ない。
ひとりひとりが、特別に切ない。
それでいいねぇ。

心揺らすことは、
生身の人間の、大切なお役目ですね。

2017-01-25 | Posted in ブログ, 健康コラム, 日記帖No Comments » 

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