睦月てき徒然なる想い

kaki

1月ですね。
のんびり屋のわたしは、どうも年末年始に「一年のまとめ」やら「新たな一年への想い」を考えることが苦手です。

 

12月からお正月まで、
本当に沢山の友人家族・仲間たちに会って、
両親や兄弟、親戚のみんなと集まって、
夫婦でゆっくり、たくさんの時間を過ごして、

そりゃぁみんなね、生きているのだから、
ほんとう、色々あるわけなのだけれど、

それでもこうして会えて、一緒に過ごせて、
それだけのことが、本当にうれしい。うれしい。

そんなことを思っているうちに、毎年のようドタバタと大晦日になり、
いつの間にやら年が明けていて、
気がつきゃ三が日どころか、松の内までもすぎてしまっています。
カレンダーというやつは、追えども追えどもいっこうに追いつかないもの。
そういうものなのだろうと、いいかげん観念しております。

 

それでも、なんだろう、

真冬の冷たい風が吹き抜ける街の中、
静かに芽吹きのときを待つ、小さなイノチたちに触れるたび、

わたしも彼らのよう、
少し落ち着いたこれからの一ト月、
また新たな芽を出す準備をしてゆくのだなぁ、などと思うわけです。

 

二月も半ばになれば、
あちこちで梅の花が咲き始めますね。
新しい春を目の前にすると、どうしてなのでしょう、
まるで何かに期待を寄せているときのよう、胸の熱を感じるものです。

子気味良いトキの流れとリズムが、
この街にも、あなたの街にも、ちゃぁんとあるのですよね。

 

 

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12月、整体サロンのお客さんを除きますと、
60人以上の方々がきせ家に足を運んでくださいました。

夫は根っからの『パリピ』(パーティーが好きなピーポー?)ですが、(笑)
わたしはそうでもありません。・・出不精ですし。

ただでも、やはり人が好きですね。
人とゆっくりお話ができるのは、とても嬉しい時間です。
振り返れば沢山の人たちが、
こんな下町の古い一軒家を訪れて下さっている。
互いの日常が重なり合う、ほんのささやかな時間がいとおしい。

 

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一年前の昨日、
わたしは大切な人の生と死の狭間に触れました。

肉体、それは生きているものとは、”まるで別のもの”でしたが、
脱出を成したばかりの彼女のタマシイが、
わたし達を取り巻くようにして、その場に居たように思えたからです。

大切な人、と書いたけれど、
皮肉にも、と言いますか、
何よりもあの出来事こそが、わたしの中の彼女の存在をこれ程にまで大きくしたのでありました。

 

彼女の旅立ちは、
”生きるということ”について、
”今生きているということ”について、
”生きかたと終えかた”について、
わたしの中に新たな価値観を芽生えさせ、
あれからの一年という日々に、育て続けてくれたものでした。

生を受け、死に向かって歩む。
一回こっきりの道がこの一生なのであること。

そのことを、わたし達はどれほどに知り得て生きているのだろう。
一生は、誰しもに一回きりだ。

そのことを想うと、
自分は何故、なんの為に生まれてきたのだろうか、と、
その答えを持って生きようという氣持ちになるものですね。

 

こんなこと、誰かに伝えるものでもないように思うのですが、
わたしはね、
美しいものばかりと出逢うために、この世界に生れ落ちたんです。

 

見るもの聞くもの触るもの、
見えないもの聴こえないもの解らないもの、
柔らかで温かなもの、冷たく尖って重苦しいもの、

あっちにもこっちにも、
わたしはそこら中に「美」をみて感じていたいのです。

 

特に人間は「美しさ」に富んでいます。
たとえば”病”は、
肉体を通してこの豊かな「美」を分かりやすく映し出しているでしょう。
神秘的ないのちの営み・魂の声が、
わたし達を取り囲む様々な環境や、ヒト特有の発達した脳ミソの指示とぶつかった反応として、表れている。

妬み、怒り、恨み、
恐れ、逃避、転嫁などもみな、根源的なところには美しい営みがある。

 

それでね、だから、
年々感動屋になってゆく自分がいるんですよ。

だってしょうがないと思う。
だって、
在るいのち全て、ただ在るだけで、どうしてこんなにも美しい。
緑も蒼も茶も赤たちもみんな。

人も、
人って、いろんなことがあるけれど、みんな美しい。
みんな美しいよ。

 

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fujimizaka

日々の暮らしが愛おしい。

何度でも想うことですが、世代を越えてともに暮らしたい。
正月にあらためて思いましたが、どちらの両親とでも嬉しい。
ともに生きる面倒事は、すべてがすべて、豊かさですよ。
どこまででも、噛みしめ生きてゆける。

そして、
子どもたちに出逢いたい。

生きているかぎり、みな、ともに生きていたい。
人はみんな面倒くさいけれど、厄介なことも多いけれど、
いつでも愛さえあれば、あとはもう何でもいい。

だって、
この世で愛ほどに美しいものなんて、きっとないもんね。

2017-01-09 | Posted in ブログ, 日記帖No Comments » 

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